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10 November 書くこと―何かがそこに始まり、そして終わる 僕はかつて文章を書くのがとても「苦手」だった。 以前は、頭の中にあるイメージを文章にしようとしたとたん、似ても似つかぬものになったり、書きたいと思う「真実」から、どんどんかけ離れてしまったり…。そのたびに僕はペンを放り出したい気持ちになったし、実際それらの多くは机の引出しの奥深くに放り込まれたまま日の目を見ることなく朽ち果てていった。たとえば何か素晴らしいアイデアを思いついてペンを握っても、たいていはほんの1、2行書き進んだところで、僕は先ほどまでのきらめくようなアイデアのいちばん肝心な部分を指の隙間から取り逃がしてしまっていることに気づく。それは、まるで意地悪な魔法使いに、手に触れた宝石がすべて土くれに変わっていく呪いをかけられているような感じでさえあった。そういう苛立ちに似た気持ちは、今も僕の胸の底に淀んでいる。いまだに、文章を書くのは実にしんどい作業だと思う。 それでも、今の僕には、何かを書きたい、何かを伝えたい、という思いの方が、少しだけ強くなったのかもしれない。いつから、何をきっかけに、そんなふうに僕の心境に変化が生じたのかは、自分でもよくわからない。ひょっとするとこれまでに味わってきたもろもろの喜怒哀楽の記憶が心に降り積もって自然とあふれ出してくるようになったのかもしれないし、時間というものが書くことに臆病な僕の背中を押してくれているのかもしれない(要するに、歳を重ねるにつれて図々しくなっただけのことかもしれない、ということ)…。 とにかく書くことから始めよう、すべてはそこに始まり、そこに終わる――そう考えながら、今日も僕はパソコンの画面に向かっている。 01 November 30年後…君と二人よく人から聞かれるものの一つに、二者択一型の問いがあります。たとえば性格判断テストで出てくるような。 ―「あなたはイヌ派、それともネコ派?」 ―「旅に行くなら海、それとも山?」 ―「将来住むとしたら都会、それとも田舎?」 …エトセトラ(1)。 面と向かって突然女の子からそんなことを聞かれたとしたら(男の子からそんな質問をされることは、残念ながら?めったにない)、僕はたいてい「うーん」と唸って(2)、しばらくは答えに窮して(3)しまうに違いない。聞かれた時のシチュエーション(4)やその日の僕の気分ないし体調によって、答えはそのつど(5)異なる、ということも十分にあり得るからだ。 それでも、冷静になって「究極(6)の選択をしろ」と問い詰められでもしたら、僕は「田舎に暮らしたい」と思っている「山好き」の「ネコ型」人間である、とまあおそらくはこんなふうな答え方に落ち着くことになるんだろうな、って気がする(あいまいな表現ですみません)。
実際、僕はどちらかといえばマイペース(7)型の人間で、うまく人と調子を合わせることが苦手だから、やたら(8)と忠実ですぐに人になついて(9)しまう犬より、、「個人主義」的生活が信条のネコたちの方に、かえって気安さを感じてしまう。その方がお互いに気疲れしないですむのではあるまいか、と。山や田舎への志向性は、もう自分の幼少体験が決定的な素因となっている。…つまりすっごい田舎育ちってことです、僕は。
というわけで、今日はふと30年後の自分について想いを馳せて(10)みたわけです。もしかすると中国の小さな村の一軒家でネコを膝に抱いて、日向ぼっこ(11)をしている僕の姿を…。 しかしまあ、それはそれできっと幸せな老後なんだろうな、と僕は思う。それもほとんど確信的に。
【語注】 (written by たまちゃん) 1 エトセトラ:以下に列挙すべき語を省略する場合に用いる。などなど、そのほかいろいろ。 |
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