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    30 June

    ストップモーション 喫茶する午前

    久しぶりにお茶をたてて飲んだ。
    細かい作法なんて僕は全く知らないけれど、畳の上に座って抹茶を喫すると、不思議と気持ちが和む。
    窓の外は蝉時雨。時間がゆっくりと過ぎる。
     IMG_2692 日本简史」の採点中なので、心はふと戦国の世に飛んでしまったりして…
    こんな時ふと思い出すのは、どこかで読んだ(司馬遼太郎の作品中であってような気もするけど、手元にないので確かめようがない)こんな逸話である。
    ある戦国大名のお話。当時、大名の間で、茶器集めが流行した。千利休が大成したいわゆる「茶の湯」が、信長、秀吉に重用されさたのが、そのきっかけで
    あったやもしれない。信長は、既存の権威を否定しきるために、秀吉は、「茶の湯」という新たな権威を利用しきるために、「茶の湯」を大名に勧めた。
    茶器は、値が張る。それも目が飛び出るほどの値である。もともと茶器に値段はあってなきが如くであって、それはいわば「権威」と「見栄」の値であるとも言える。
    ある日のこと、件の大名が、手をすべらせて家宝ともなるべき茶器を危うく落として割ってしまいそうになった。彼は肝を冷やしすっかり青ざめてしまった。
    しかし、その直後、彼ははたと考え込み、面を挙げた瞬間、手にしていた茶器を縁側の沓脱石の上に叩きつけて、割ってしまった、というのである。
    なぜだかわからないが、僕はこのお話がとても好きなのである。
     
    ほんの束の間、ストップモーションの午前11時。
    これからあたふたと雑用を片付けに走り回るといたしましょう。
    ではでは。
    29 June

    それにしても、の日

    ここしばらくの間、試験ネタばかりが続いていて、我ながら、申し訳ないような…。
    とりあえず、今日は1課目分の採点を終えて、あとは成績表、成績分析、講評などを書き上げてから、寝ようと思っています。
    それにしても、途中、作業を何度か中断して、別用を片付けたりしていたものだから、スケジュールはなかなか遅遅として進まない。
    ま、それでも前進は前進、である。あせらず、着実にいきましょう。
     
    それにしても、どういうわけだか、ここにきて、本当に次々と小さな予定が舞い込んできます。
    あれこれの「作文」についての添削依頼が主なものですが、学期末近いということで、「一緒に食事しましょう」と、日ごろはなかなか
    お食事をともすることがなかった学生たちからもお誘いをいただき、これもまたうれしいかぎりなのですが、
    何といっても「記憶オート消去装置」がオンになっている僕のこと、しっかりメモを取っておかないと、ダブルブッキングの恐れも…><
    ご迷惑をおかけしたら、どうかご容赦を><
     
    さて、今日は、青島がらみの連絡2件。ひとつは、以前、お隣の学校に勤務されていたO老師(現・Y省Y大学ご勤務中)から、
    「このたびY大学を離れることになったので、後任としておいでになりませんか」とのお誘い。風光明媚、常春の地、とのことで、
    うらやましくはありますが、もはや中国側の正規スタッフとしてここで定年まで働く覚悟を決めてしまっていますので、どうか悪しからず…。
    (より正確には、こんな僕でも、「本当に必要としてくれるところ」で、ずっと働いていたい、ということなんです。贅沢言って申し訳ありません><)
    もう1件は、かつての卒業生で、日本のK大学大学院生となったZ君からの連絡で、7月7日に入籍、9月にふるさと浙江省で披露宴
    を行いますので、ぜひ、とのこと。そりゃもう必ず行きます。僕は中国国内であるかぎり、卒業生の結婚披露宴にお誘い受ければ
    必ず出席しようと心に決めてます。まだ、これからの方、どうぞよろしくね(笑)。
    何にしても、9月、Z君と(というより、その)美しい花嫁さんを一目見に飛んで行きましょう(笑)。
     
    それにしても、です。「高名の木登り」に曰く、ようやくことが片付く、というときになって、人は過ちを起こしやすい。
    僕も気をつけないと…。落ち着いて、ひとつひとつきちんと仕事を片付けていくこと。それを最優先に。
     
    さてさて。夜も更けてきました。シャワーを浴びて、さっぱりして、もう一仕事!
     

    復活、です

    久々に来た「肩こり頭痛」の大波でしたが、何とか1日で乗り切った、という感じ、です。
     
    それにしても、いつも「ダイジョウブ」が口癖の僕としては、ちょっとみっともないことではありました。
    その上、ごくごく身近な方々には、要らぬ心配をおかけしてしまい、慙愧の極み、です><
     
    やっぱり今学期の授業が終わって、テストも前半終了、ということで、多少、緊張の糸が切れてたんだと思います。
    きっちり学期末まで緊張感をもって取り組まないとね(って、「昼行燈」系の僕が言っても、なんか真実味なさそうだけどさ)。
    とにかく!反省しなければ。と、今日もまた、進化しないまま「反省するサル」の僕でありました…。
     
    へへ、明日(いや、もう「今日」でした)こそは、採点作業を一気にやってしまう、つもりです。55555555…。
    ***
    それはそうと、そろそろ夏休みのスケジュールが少しずつ確定しつつあります。
    7月8日  武漢→青島(飛行機)
    7月10日 青島→下関(船)
    7月12日 下関→山口
    7月15日 山口→福岡→新潟
    8月23日 下関→青島(船)
    8月24日 青島泊
    8月25日 青島→武漢
    スケジュール調整がつかず、お目にかかれない方もいて(上海のOさん、深センのAちゃんなどなど)、それはとても残念なことですが、
    また別の機会に、必ず会いに行きますから、僕のこと、忘れないでいてねー><。
     
    ということで、今夜は、ここまで。明日に備えて、しばしの「休息」に…。とりあえず、完全復活に向けて。
    28 June

    週末症候群(Weekend Syndrome)+α

    今日は採点がんばります、と言っておきながら…なんだけど、実はただいま体調不全でダウン中。
    だったら、おとなしく寝てればいいようなものだけど、そこは「書き過ぎ症候群」の僕のこと。こんな自分について、
    実況中継で書いてしまうのである。
     
    週末とあって、特に早起きをしなければならないわけでもないから、目覚ましもかけずに寝たら、まさしく「爆睡」で、
    目が覚めると、すでに11時を回っていた。もう昼である。完全に「寝過ぎ」の状態。これが体調不全の原因その①。
    僕の場合、寝過ぎると、脳に炭酸がたまって頭痛が起きる。そして肩こりをおこす。いいことは全然ないのだ><
    日本にいる頃から、週末はよくこの症状に悩まされた。題して「ウィークエンド症候群」。
    仕事がないと、頭痛が起きるという、ワーカホリック的特異体質であるらしい…というのは冗談で、たんに生活のリズムが
    崩れただけのこと。反省、反省、…あ、アタマ痛て。
     
    さらに、寝汗をいっぱいかいて、しかも昼時分には気温も上がってくるので、思わずクーラーのスイッチを入れてしまい、
    その風が上の方から肩を直撃…これで肩こりが悪化する。これが体調不全の原因その②。
     
    お昼ご飯を食べに南門までポテポテ歩いて出かけたけれど、気持ちが悪くなってきて写真撮影もそこそこに、戻ってきてしまった。
    これって、かぎりなく「二日酔い」の症状に似ている。お酒も飲まないのに、こんな症状になるのは、ちょっとつらい><555555。
     
    とりあえず痛み止め飲んで、熱いシャワーを浴びて、お休みします。
    目が覚めたら、「完全復活~!」だといいけど。へへ。
    閑話休題CoffeeBreakコーヒー
    と、休む前にもう一言。
    今日は、C老師から「秋葉原通り魔事件」についてご示唆をいただきました。
    あの事件の特質は、容疑者が「ジコチュウ」であったというより、そもそも彼の精神世界に自分と対等の「他者」が存在していなかったのではないか、
    つまり自らを中心に据えるために必要な周縁すら存在しない広漠寂寥たる精神世界の持ち主だったのではないか、と僕には思えるのです。
    いいかえれば無人国の王様、究極の「オレサマ」だったのではないか、と。ふつう、僕たちは、幼児期に第1次反抗期を、思春期に第2次反抗期を
    経験することを通して、他者とのかかわりの中で「自己」形成をしていきますが、彼の言動にはそれがまったく感じられません。
    「彼女がいれば違っていたかもしれない」という言い訳にもならない言い訳。これは「社会が悪い」とうそぶく人間よりもはるかに幼稚な発想です。
    そんな彼ですから「反省」はしても、「謝罪」の言葉がないのも、当然かもしれません。「無人国の王」オレサマには、謝罪すべき国民ははじめから
    存在しないからです。
    彼のそうした精神世界を想像すると、僕は身の毛がよだち、腹の底から言い知れぬ恐ろしさがこみ上げてきます。
    ここまで人間の精神は荒廃できるのだろうか、と。
    そして、そうした荒廃した精神世界を想像することもできない幼稚な人間が、愉快犯的にネット世界で「模倣」を口にする、
    あるいはナイフを持って徘徊する、そういう現実に心が冷えていきます。
    もちろん、それが日本社会の全体で起こっているわけでも、日本社会だけで起こっているわけでもないけれども、この「現実」()、見過ごしにはできない
    こととして、今も僕の胸深くに沈み込んでいる。
     ※あくまでもネット上の情報のみに基づいての意見ですから、
    必ずしも断定的に言ってはいけないのではありますが。
     
    少し眠ってから、思考回路がもっときっちり動き出して、あらためて考えてみることにします。
    ではでは。
     

    反省するサル

    昨日は、期末考査(学院管理による試験)最終日で、2年生の「日本简史」も無事終了。
    来週は、期末考試(学校管理による、より厳格な試験)期間。
    というわけで、この週末は、いわば「中休み」のようなもの。
    とはいっても、すこしでも早目に「考査課目」の採点、成績分析を出しておかないと、
    夏休み直前に大慌てすることになるので、明日は、ちょっとがんばって採点作業に打ち込みたい…と思う。へへ。
     
    IMG_2554 テスト風景。みんな真剣に解いている。
     
    お昼ご飯は、2年生のPさんと南門近くの喫茶店で。実は、彼女たちとの他愛もないおしゃべりの中から、
    授業への反省点に気づかされることも多い。
    たとえば「日本简史」などは、学生にとっては、それまでまったく学んだことがないといってよい内容で
    (というのも、主な内容が古代~近世で、彼らが学んできた近代中日関係史には触れないので)、
    歴史上の登場人物、事件などは、そういう方面に興味のある者にとって、面白いはずだが、そうでない
    学生にとっては、何が何やらさっぱりだったはずである。もちろん、僕も、すべての学生に面白がって
    もらえる授業を、と考えてはいるけれど、まだまだ不十分な部分は多い。
    そもそも人間とは「反省するサル」なのだ。
    僕も、しっかり反省しなければ>< ああ、僕の「ヒト」への進化への道は、まだ果てしなく遠い…。
     
    来学期の担当科目のうち、新3年「报刊选读」、新4年「日本社会与文化」には、やはり同じような難しさがある。
    だから、できるだけ、毎回みんなに楽しんでもらえて、ためになる、しかも誰もが積極的に参加できるような授業を、
    夏休みのうちに、しっかりと企画しておきたい、と思う。
     
    というわけで、どうか皆さん、来学期もよろしく。
     
     
    27 June

    海辺の街のお話(第17回)一部修正

     ちょうど昼時、ということもあってか、図書館の1階フロアはがらんと空いていた。僕たちはフロア脇の細い通路を抜けて、中庭に出た。人はいなかった。ヒカリはベンチに腰を下ろし、僕は彼女の斜め向かいの芝生の上に足を伸ばして座った。芝生の上には、まばゆい日差しが差し込み、5cmほどにきれいに刈り込まれている芝生の上で、その日差しが踊っていた。僕は思い切り伸びをして空を見上げた。図書館の建物で四角く切り取られた青い空に、いかにも柔らかそうな白い雲がゆっくりと西から東へと流れていた。
     ヒカリは、ベンチの上でランチボックスを広げた。
    「はい、これ、センパイの分ね」
    「あ、Vielen Dank。いつも悪いね」
    「どういたしまして。居候としては、これくらい、当たり前。」
    そういいながら、ヒカリはバスケットから魔法瓶を取り出し、熱いコーヒーをカップ兼用の魔法びんの外蓋と、やや小さめの白い内蓋に注ぎ分けた。
     今から思えば、とてもすごいことだけど、ヒカリは、決して冷出来合いの凍食材だとかインスタントというものを使ったおかずを、僕たちの弁当に詰めたことがなかった。たとえば、晩ご飯を、いつも少し多めに作っておいて、最初に、いつかお披露目される昼のお弁当の分を取り分けて冷凍庫で保存しておくのだ、とヒカリは言っていた。
    「それに、こういうのをストックしておくと、すごく便利なのよね。夜中に急にお腹が空いて、食べるものがないもないとか、手間をかけてつくる気にもなれないときとか、冷凍庫を覗いて、それらしいものを電子レンジでチンすればすむし。」
    「ふうん。そんな先々のことまで考えて、料理ってするものなの?僕は、その時に食べたいものがすべてだからなあ。取り分けておくことなんて考えてみたこともなかった。作り過ぎたら、とにかく3食続けてだって食べきっちゃうな。」
    「センパイって、『アリとキリギリス』のキリギリスそのものね。」
    「そう、だって明日が明日の風が吹く。」
    そういうとヒカリは、やれやれ、といった感じで肩をすくめたものだった。そんなヒカリの横顔を思い出しながら、僕は箸を取った。
     
    僕たちは、いつも、とりとめもない話をしながら、ゆっくりと食事をした。
    でも、その日は、ヒカリの手作りミニハンバーグを口に運ぼうとしたとき、ヒカリが不意に「あのね…」と言った。
    「ありがとう、ほんとに」
    箸を唇に押しあてたまま、それまでとは違って、すごくかしこまった顔つきで、ヒカリは言った。
    「何も聞かないで、こうして居候させてくれて。それに、私の作ったお弁当、食べてくれて。おかげで、ほんのささやかでも『罪滅ぼし』をさててもらえてる気がするの。」
    僕は、口の中にハンバーグが入っていて、少しも気の利いた返事もできなかったので、やむを得ずただ頬をふくらませて「どうってことないさ」という表情を作って見せた。
    「女の子の友だちの部屋に泊めてもらうことも考えなかったわけじゃないけど、彼女たちには、やっぱり理由抜きで、泊めて、って言えないし。
    ほかにも、今はまだうまく説明できない事情もあるんだけど…。」
    「いいさ、いたいだけいればいいし、事情だって、説明できるようになったときに説明してくれればいいさ。無理には聞かないよ。僕だって、おかげでずいぶん助かってるし。」
    「ふふ、やっぱりセンパイって…」
    言葉を一瞬途切らせ、何でもない、とごまかして、ヒカリはご自慢の卵焼きを僕の口にねじ込んだ。
    (つづく)
    26 June

    試験監督 そしてスタバでパシャパシャ【改訂版】

    今日は、朝8時から、僕の課目(学部2年の「日语泛读2」)の期末試験。試験時間は100分。
    教研室に戻って、3年生に頼まれていた作文の添削。
     
    12時過ぎに、ようやく他の試験を終えたその学生がやってきて、しばらく作文の構成について話をする。
    昼ご飯は同じ3年生のWちゃんと約束をしていたので、3人で南門近くの、おなじみRに向かう。
    途中さらに2人、さらに2人と捕まえて、7人の大所帯となり、大挙してRに乗り込もうかと思ったら、
    Oさんたち二人が脱落し、結局5人でのお昼ご飯となりました。
     
    おしゃべに夢中になり、午後の試験監督の時間があっという間に迫っていた。
    午後2時半からL老師の「日本文学选读」(学部3年)の試験監督。これまた試験時間100分。
     
    しかしいつも思うのですが、試験監督というのは、けっこう疲れる仕事です。
    授業も、いつも同じ時間、立ちっぱなしで、しゃべりっぱなしなのに、疲れを感じることはありません。それなのに、
    なぜか試験監督というのは、どよよよよんと疲労感がたまるのです。どうも、これは学生とのコミュニケーションの有無
    というのが多分に影響しているらしい。
    もともと、ぼんやりしてるが僕の趣味みたいなものだから、そんなときは、大威張りでぼんやりしていればいいようなものですが、
    学生を前にしてぼんやりすることは、どういうわけかできないんですね、不思議なことに、これが(笑)。
     
    ぼんやりするならぼんやりするで、それなりの条件が要るんだ、ってことをつくづく感じた1日でした。
     
    帰宅後、ひと休みして、夕食に。久しぶりに学校の外に出る。といっても、例の「群光広場」デパート。
    昼間撮れなかったので、パシャパシャ写真撮影しながら、歩く。気分、リフレッシュ。
     
    僕にしては珍しく「人物入り」のショットが混じっていました(…偶然の産物><)。←これって「越抹越黑」…かな?><
    ま、せっかくだから、ということで…
    これは、僕の写真に全然興味を持ってくれない、しかも最近はコメントに値するネタがないなー、と辛口批評のC老師にささげる1枚です。
     

    IMG_2517

    「スタバ」の新製品、スーパージャンボサイズの巨大カップを
    抱えて歩く女の子、ではありません。あしからず…。
     
    明日も朝8時から2年生「日本简史」の試験監督です。体調整えるために、今日は早めに休みたいと思います。
    目標は12時就寝です。…無理かな、やっぱり。
     
    PS:最近自分でもつくづく呆れてるんですが、僕の日記のタイトル、ほとんど意味不明、ですよね。へへ、「ま、いいか」。
     
     
     

    「期末試験」考

    日付が変わったので、もう「今日」になるけれど、朝8時から僕の担当科目の期末試験がいよいよスタート。
    まずは2年生の「日语泛读2」。
    みんな、もう試験範囲の復習を終えて、眠りについている頃だろうか。準備は万全かな…。
     
    僕も学生時代、試験とは本当にあれこれと格闘してきた。
    中学時代は、ある日突然、「勉学」に目覚めてしまって以来、試験が大好きになってしまい、
    テストの答案が返ってくるのをドキドキ・ワクワクしながら待ったものでした。
    今ならば、パソコンでいろいろなゲームがあるけれど、当時の僕にしてみれば、試験そのものが
    一種のゲームのようなもので、高い得点が出ると、「やったー」、悲惨な点数が出ると「うぐぐぐ」と、
    それになりに喜怒哀楽丸出しで夢中になった、という記憶があります。
     
    高校時代…。まったく勉強コンプレックスに陥っていた時代で、テストは「とりあえず受けてるだけー」という
    かなり投げやりな態度でした(涙)。
    この時期は、試験なんてダメで当たり前でしたから、僕にとってはつらい日々でした。試験のたびに、
    コンプレックスが何重にも上塗りされていくような気がしました(涙・涙)。
     
    大学時代。って、よくあんな高校時代を過ごして、大学に入れたものですが、ま、どういうわけか、
    とくに文句も言われることもなく入れていただいたので、大学1、2年当時は、けっこう一生懸命勉強しました。
    基本的に、大学の試験では、論述形式のものが多く、決まった「正解」というものはありません。
    したがって、自分なりの「正解」を求めればいいわけなので、とても面白かったです(もっともよい成績であったかどうか、は
    まったく別問題…苦笑)。
    3、4年生の頃は、男同士の「人生勉強」…酒と議論に明け暮れて、学業の方は、まったく鳴かず飛ばず(涙・涙・涙)。
    あんまりの体たらくだったために、我ながら深く深く反省をして、大学院に行って、ちゃんと勉強しようと心に決めたのでした。
     
    いずれにしても、僕はテスト・試験というのものを、それなりに楽しんできたわけですが、それは言いかえれば、テストなんて
    所詮今の自分の実力を測るモノサシでしかない、と割り切っていた、ということです。だから、勉強すればいい点が取れるし、
    遊んでれば点数は低い。それ以上でもそれ以下でもない、と思っていました。
     
    ところが、よい点を取ることそれ自体が自己目的化してしまって、日ごろがんばろうががんばるまいが、
    とにかく、テストで高得点をとりさえすれば、それでOK、という安易な感がを持つ人も、世の中には、いないわけではない。
    いわゆるカンニングなどの不正行為に走るのは、その最たるケースだけど、そんなことして高得点取ったって、つまり
    自分の実力と全然違う点もらっても…嬉しいのかな、やっぱり…?うーむ、僕なら自己嫌悪に陥りそうだけど><
    あるいは、一生懸命、教師に試験の内容を聞き出そうとする学生が多いことも、僕にはちょっと気にかかる。
    これって、試験に出る所だけ覚えて、あとはどうでもいい…って発想につながらないだろうか?
    そんな試験なら、やらない方がましではないか、と思ってしまったりもする。
    くりかえすけど、僕にとって、試験は、あくまでも今の実力を知るための「モノサシ」でしかない。
    点数絶対主義は洋の東西を問わず存在するけれど(そして実際に、「点数」だけで随分多くのことが決められてしまう、
    という現実をシカトするわけではないけれど)、実力の伴わない点数をもらったって何の意味もない、ということはどこでだって変わりはない。
    第一、そんな「化けの皮」は社会に出たらすぐに剥がれてしまうし、かえってその人格を貶めることにだってなりかねない。
    ときには、「本音」よりも「建前」を貫く方が大切なことって、いっぱいあると思う。
     
    ということなので、学生のみなさんには、僕の試験、実力を出し切ってもらえば、それで充分、かと。
     
    以上、とりとめもない真夜中の「試験・考」の巻、でした。
     
    PS:「真剣な努力は無駄にならない」…僕としては、できるだけそういう問題を作っているつもりなので、よろしくね。
     
    25 June

    凪の日 落日を君と

    一つの嵐が過ぎ去り、久しぶりに穏やかな凪の一日、といった感じ。
     
    午前中、3年生のZさんが、作文の添削を頼みにやってきて、そのままお昼近くまで話し込んだので、一緒に
    南門近くの食堂で昼食をとる。通りに面したテーブルに席を取ったので、外を歩く人を観察しながらの食事となった。
    が、問題は、店の窓ガラスがマジックミラーにはなっていないことで、外からも中がよく見える。ちょうど昼ご飯時分とあって、
    知ってる学生、先生方が、次々通り過ぎていく。向こうさまが気づいてくれなければ、どうということもないけれど、
    目と目があったりすると、とりあえず手を振ったり、ちょっとぎこちなく笑ったりしないと申し訳ないような気がして、
    落ち着かないこと、この上ない。注文した「清炒苦瓜」は、美味しいけれど、本当に苦かった。
    Zさん、この次は、もう少し落ち着ける席を確保しようね。
     
    食事後、例によってパシャパシャと写真撮影。これ、もう完全に日課になってしまった、食後の腹ごなし、です。
    午後、教研室でD老師と雑談。雑務を処理して、市場に立ち寄り、ライチ(一斤5元になっていました。安い!)と小玉スイカ(皮つきバージョン)
    を買って、おうちに帰る。
     
    洗濯をしながら、写真の整理をして、また作文の添削を、少々。ちょっと遅めの昼寝をして、目が覚めた頃に、L老師から電話。
    おしゃべりをしながら、ふと窓の向こうに目をやると、隣の宿舎の壁に夕日が当たっている。
    我慢できなくなって、またカメラを持って「夕方のお散歩」に出かけたくなる。
    …で、撮った写真の一部は(って、おいおい、また行ったのか、マジで、と言われそうですが、はい、そのとおりなんです><)、
    本日付アルバムで公開中です。お暇な方は、どうぞそちらにもお立ち寄りください。へへ。
     
    IMG_2440 (2)
     
    最近、写真の雰囲気が変わってきた、とある友人から言われました。自分では全然わからないんですが、そうなんでしょうかね。
    ただ最近感じてることが一つ。花や、雲や、空や、月や、なんだかんだを撮ってますが、僕は、その対象のひとつひとつよりも、そういうものに
    惹かれていく僕の「心象」そのものを撮りたい、のかもしれません。
    だから、何かを撮っていて、「あ、これは近い」。つまり自分でもはっきりつかんでいない「心象」世界に、ほんの少しずつ、僕は近づいているような
    気がしています。もちろんただの勘違いかもしれないし、お遊びの素人写真でしかないのかもしれないけれど…。それもまた「ま、いいか」ですよね。
     
    24 June

    真夜中の ピップ パップ ギー

    「よく続きますよねー」
    今日も友人から、ブログ連日更新について半ば感心、半ばあきれ顔で告げられた。それも当然か、と我ながら思わざるを得ない。
    何といっても、この長続きに一番驚いているのは、当の本人であったりする(笑)。
    とまれこのブログ、連日更新をはじめて、いつの間にか4か月が過ぎた。その間、あまりにつまらないネタで申し訳ないからと、写真を
    載せるようになり、こちらも気がついてみると、ほぼ連日の更新となってしまっている。
    「書き過ぎ症候群」に加えて「撮り過ぎ症候群」の併発、というべきか…><。
    どうも僕のPC依存症、デジカメ依存症ぶりは、あまねく学生たちに知れ渡ってしまっている、らしい。
    それもまた、「ま、いいか」の僕なのである。
     
     IMG_2370 (2)
     
    ところで、いくらその場での思いつきでも、冗談話でも、とにかく書き続けていると、
    自分がそれまで深く考えていなかった自分の一面、たとえて言えば、自分の心の中にある「開かずの扉」に
    気がついてしまうことがある。
    「ん?」
    しかし、その扉には鍵穴はない。この扉を開けるには、何かしら特別な呪文がいるらしい。
    その呪文の言葉が、見つかりそうでいて、見つからない。
    まるで、喉まで出かかっていて、あとちょっとで出てこない…そんなもどかしさの中にいる。
    もしかすると、すごく身近に、たとえば僕の背中に大きな文字で、その呪文の言葉が貼り付けてあるのかもしれない。

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    こんなとき、『綿の国星』のチビ猫(※)がいてくれれば、どんなにいいか、と思う。
    飼い主・須和野時夫(トキオ)の父親(小説家)が、新しい小説の構想にのたうっているときに、父親を思ってチビ猫が、
    僕の背中に書かれた呪文の言葉を叫ぶ。
    ピップ パップ ギー!!
    かくして扉は再び開かれる
     …って、人生そんなに甘くはないか。
     
    ちなみに、同作品中では、思いっきり力んで叫んだチビ猫は、思わず、粗相をしてしまうのですが…><
    僕も、ためしにみんなのために、チビ猫の「ピップ パップ ギー!!」の呪文を真夜中に叫んでみようかな。
    効き目があるといいけど、へへ。
    (※)大島弓子作『綿の国星』 擬人化された子猫・須和野チビ猫
    周辺で起こる人間模様とチビ猫に関わる猫達を描いた作品。
     
    漫画本だって、けっこう侮れない、と僕は思う。
    そういうわけで、来学期は、何シリーズか漫画本の類も船で運んで持ってこようと思っています。
    上記「綿の国星」、「ガラスの仮面」、「生徒諸君」、「徳川家康」あたりかな、まずは。
    ま、選定は日本であらためて、ということで。
    ではでは。
     

    雑念100%

    最近、僕の若い友人から、こんなことを聞かれた。
    「人と人とは、言葉だけで完全に理解しあうことができるのでしょうか」と。
     
    そもそも人とは不完全な存在だし、そういう不完全な者同士が、「言葉」という不完全な道具を用いて、100%理解しあえるなんて、
    かぎりなく奇跡に近いもののように思える。
    「神」という全知全能の存在を措定し、それと引き比べるまでもなく、人間はすべて不完全な存在である。
    そして「言葉」というものも、人々は共有はしているが、これは入れ物のようなもので、その中身は、人によって微妙に異なる。
    たとえば「熱い」といっても、それが具体的に何度以上を指すのかは、感覚が人それぞれによって異なる以上、きっちり50度
    というような線引きなどはできない。しかも、同じ50度であっても風呂の湯の温度の場合と、夏の日差しで焼けた石の表面温度では、
    触れた温感は、たとえ同一人であっても異なるだろう。
     
    しかし、それでもなお僕は「人と人とは言葉を通じて理解しあえる」のだと、祈りを込めた気持ちで、答えたい。
     
    僕たちの身の回りには、言ってみれば、あらゆる誤解で満ち溢れている。美しき誤解もあれば、その「誤解」ゆえに、相手の存在までも
    否定せずにはいられないようなものまで。
     
    だから、僕は大変不快な言葉を耳にしたときには、できるだけさりげなくやり過ごすようにしている。
    「ま、いいか」はそのための呪文の言葉である。
     
    「誤解」ならば、それが誤ったものである以上、いつかは正しい形に解けいていくものだ、というのは、あまりに楽観的に過ぎるのだろうか。
     
    人には100%の善意がないように、また100%の悪意もない。だから、100%の悪意がないのであれば、とりあえず100%の善意から、
    人の「言葉」を受け入れらるようになりたい、と僕は思う。悪意は誤解を増殖させるが、善意は誤解を中和してくれるのではないか、と。
     
    僕は今も、自分が宮沢賢治のいう「デクノボウ」となることを願っている。その覚悟があれば、たとえ誤解に妨げられても、
    いつか必ず遠い地平線の果てに「理解」の結実点が、僕を待っていてくれるような気がするのだ…。

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    今日は、朝からD老師の日語会話の期末試験(スピーチ発表会)に参加させていただいた。
    僕らを支えているのは、学生たちのこの真摯な視線であり、
    そして彼らの明日を支えたいとする思い、それのみが僕たちの彼らへの贈り物である。
     
    今日は、何とも支離滅裂な雑文を書いてしまって、読んでくださった方々には実に申し訳ないかぎり、です。
    これは、僕の、とある若い日本人の友人へ向けたひそやかなメッセージである、ということで(全然言い訳になってないけど 笑)
    お許しください。
     
     
    23 June

    朗読会 そして風の歌を聴きながら

    昨夜の朗読会、参加者は12名。実は、夕食を院生のYさんと南門近くの、いつものSで済ませたのだけど、
    その時、僕が予想した人数とぴったり同じでした。わーい(…って喜んでいいんだろうか><)。
    しかし、内幕を明かすと、このうち3人は、「呼び込み」方式(笑)による半強制的参加でありました。
    たまたま、キャンパス内を歩いていて出会った3人に、
    「今晩『朗読会』あるんだけどさー」
    「え、そうでしたっけ」
    「…。時間空いてたら、来てねー(来いっ!)」
    もしこの「呼び込み」がなければ、今日の朗読会参加者は、初のひとケタ台に落ち込んでしまうところでした。
    ふう、危ない、危ない…。
    それにしても、明日から期末試験なのに、参加してくれた皆さん、ありがとう!
    皆さんの向学心は、いつか必ず活きてきます。
    それが3年後か10年後か、はたまた30年後に結実するのかは、僕にもわかりませんが、決して無駄にはならない、という
    ことだけは自信をもって太鼓判を押せます。
    ちなみに、今日の素材は、司馬遼太郎『この国のかたち』第1巻から「六朝の余風」でした。
    これにて、今学期の朗読会は終了、です。
    また新ネタを仕入れてきますので、来学期またお会いしましょう。
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    ところで昨日、日本のあるラジオ番組で小川洋子氏(朗読会で扱った「博士の愛した数式」の作者です)が
    村上春樹の「風の歌を聴け」について話をしていたそうです。
    「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」
     僕が大学生のころ偶然に知り合ったある作家は僕に向かってそう言った。僕がその本当の意味を理解できたのは
    ずっと後になってのことだったが、少なくともそれをある種の慰めとしてとることも可能であった。完璧な文章なんて
    存在しない、と。
     しかし、それでもやはり何かを書くという段になると、いつも絶望的な気分に襲われることになった。僕に書くことの
    できる領域はあまりにも限られたものだったからだ。例えば象について何かが書けたとしても、象使いについては何も
    書けないかもしれない。そういうことだ。
     8年間、僕はそうしたジレンマを抱き続けた。――8年間。長い歳月だ。
    村上春樹『風の歌を聴け』冒頭部分より
    僕も繰り返し読んだ小説のひとつです。この小説が世に出たとき僕は、まだ上京したての大学生で、かつて彼が一時期暮らした「寮」から
    学校に通っていました。僕も、あるまとまった考えを言葉にして書き表したいと思ったことがあるけれど、実際それは恐ろしく難しい作業でした。
    僕が力んで書けば書くほど、自分の頭の中にある世界から、言葉が遠ざかっていくような気分になったものです。村上氏は8年間、長い歳月
    という。でも僕は、もっともっと長い歳月を要した気がします。もっともそれだけの年月をかけても、決して文章がうまくなったとか、意のままに
    言葉を操れるようになった、ということは全くないのですが…。
    ただ一つ言えることは、言葉への不必要な愛着、あるいは過剰な期待を捨てることによって、言葉の方が僕に近づいてきた、ということは、
    できるかもしれません。そして、同時に、「言葉」を「僕自身」に置き換えても、この定式は成立することもわかってきました。僕は、それだけの
    ことを身につけるのに、「8年間のジレンマ」コースを何周か、ひとりで黙々と走り続けてきたのでした。それは、確かに長い歳月、でした。
     
    そしておそらくは今も、僕は走り続けているのだ、と思います。風の歌を聴きながら。
    22 June

    本日歴史三昧

    今日は朝からずっと2年生「日本简史」で出した作文(テーマは「日本の歴史上の人物の中で一番興味のある人」)の添削をしています。
    学生たちの作文を読ませてもらって強く感じたのは、やはりTV、映画、ゲームなどの影響力の大きさ。中には、事実とは、少しかけ離れたもの、
    客観性の薄いものもないわけではないけれど、書き手、つまり学生たちの個性が、とてもよく現れていて、楽しく読ませてもらっている。
     
    今夜は、2日遅れで「朗読会」。昨日、学生たちは英語などの試験があったらしく、
    その前夜では、じっくり腰を落ち着けて朗読を聞く気にはなれないようでした。
    でも、明日からは期末試験…。今夜は何人来てくれるのかなぁ。ちょっと不安。
    今夜のメニューは、司馬遼太郎「この国のかたち 1」から2編。
     
    かくして本日はただひたすらに歴史三昧の一日なのである。
    ああ、頭の中で、北条政子が僕に檄を飛ばし、織田信長が「敦盛」を舞い、阿倍仲麻呂が月を見上げて嘆息する…。
     
    あ、今日はこんなふうにのんびりとブログを書いている場合ではなかった。
    今は早く添削し上げないといけないのでした><
    じゃ、あとはまた、夜の休憩時間にでも。
    21 June

    追想のタンメンと宵の雑踏

    世の中には、よく考えてみると、けっこう不思議なもので溢れている。
    今日は夕方、食事の材料を買いに集貿市場へ向かう途中、ふと顔をあげると、こんな標識に出会った。
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    先の方にある三角形の黄色い標識は、黄色で坂道下り坂方向を指しているので、「下り坂注意」という意味だろう。
    それはいいとして、不思議なのは手前の丸い標識。これは「下り坂自転車禁止」という意味なんでしょうね、きっと。
    「降りて押して歩きない、危ないから」という配慮なのかな?でも、自転車もバイクも車も、この坂道減速しながら
    下るところを、まして押して歩いているところなど、僕はまだ一度も見たことがない。
     
    今日の晩ご飯は、久しぶりに「自家製・極太醤油ラーメン。といっても、何のことはない。適当な野菜と肉を炒めて、
    湯を注ぎ、鶏精(中華スープの素みたいな調味料)に塩コショウ、醤油で味をつけ、別茹でのパスタ(!)と合わせるだけ。
    これを汗をかきかき、ズルズルハフハフとすすっていると、思い出される光景がある。
    それは、僕が大学を卒業し、4年間住みなれた目白の寮を出てからのことだ。
    僕は収入なし、で奨学金だけが頼りの極貧大学院生となった。つてを頼って大塚駅から歩いて15分のところに小さな
    アパートを見つけ移り住んだ。昼の時間、ときおり僕は駅前近くのラーメン屋に出かけた。
    その店は、少なくとも可愛い女の子が一緒なら、入ることをためらうような、古びて、いかにも流行っていないといった感じが
    濃厚に漂っていた。その店にどうして最初僕が入ったのかは、よく覚えていない。ただ、最初に注文した「タンメン」が
    僕にはひどく感動的だった。その店は年配の女性二人で切り盛りしているようだったが、その味はたまらなく素人っぽかった。
    ではあったけれど、たっぷりとキャベツやモヤシの入った、豚脂がスープの表面に浮かんだそのタンメンは、僕の食欲をそそった。
    丼が、傾いたカウンターに「おまちどうさま」と置かれると、表面張力でなんとか丼からこぼれずにいたスープが
    カウンターを濡らしそうになるので、僕はあわてて、どんぶりに口を近づけて、その熱すぎるスープをすすった…。
    僕がつくるラーメンは、なぜかあの店の味を思い出させる。それは、ちょっと懐かしいような、切ない味なのだ。
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    食事をすませたあと、今日は、ひとりで南門界隈をそぞろ歩きしてみた。
    僕はときどき、雑踏を眺めてみたくなることがある。
    宵の雑踏と喧噪。
    熱っぽい空気。
    その中に身を置くと、ますます僕がそこから遠ざかっていくのを感じる。
    僕はひとりになりたくて、雑踏の中にまた足を踏み入れる。
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     さあ、そろそろかえって、仕事の続きをしよう。
     

    紅茶の日

    お茶についてのお話。
    何といってもお茶のふるさとは、世界の超人口大国・インドと中国。僕が偉そうにお茶の話なんかしたら、
    インドや中国の人は、それこそ「おへそで茶を沸か」してしまうかもしれないけれど。
     
    今や世界中に「茶」文化が広まっている。
    中国やインド各地では、それぞれ特色ある茶葉が生産されているし、日本でも静岡、九州八女、京都宇治、新潟村上など
    名のある茶の産地を挙げれば枚挙にいとまがない。
    かつてヨーロッパ人は波濤を越えてはるばるインド・中国まで、茶葉や胡椒を求めてやってきた。
    持ち帰られたそれらは、同じ重さの金と交換され取引された、といわれている。
     
    日本では「コーヒー」派、「紅茶」派、「緑茶」派に、好みが分かれるそうである。
    僕などは、とりあえず(というか文句なく)コーヒー派になってしまうのだけど、
    たまには「今日は紅茶の気分」とか「緑茶をズズッとすすりたい気分」とかになることもある。
    ***
    実は、中国・インド各地のお茶も、日本の緑茶、抹茶、煎茶もイギリスの紅茶も、基本的には全部同じ茶葉から作られます。
    日本の緑茶は「生」ですが、紅茶は茶葉を完全発酵させて作ります。そこには、たんにプロセス(過程)の違いがあるだけです。
    おそらく「茶」だけでなく、ありとあらゆる文化というものが、そういうものなのかもしれません。
    みんな、同じ人間。ほんの少しの「工夫」の違いで、さまざまな香りや色をもった文化が生まれてくる…。
    その違いを楽しむ「ゆとり」こそが、今の僕たちに必要なのかもしれません。
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    …でもって、ですが。
    さしずめ今夜は気分は、まさしく「紅茶の日」なのでした。
    近ごろ、身の回りでちょっとしたチグハグや小さな失敗が続いている。キッチンの水道の蛇口が壊れる、ドアノブが吹っ飛ぶ、
    今日などは、昼間に、あるコメントへの返事を一生懸命考えていて、鍋を焦がしてしまったり…><
     
    これは、僕の心がどこかざわついている証拠。
    少し気持ちをゆったり落ち着かせないといけないな、自分。
    だから(笑)、今日は久しぶりに、「ビアードパパ」でシュークリームを買ってきて、ついでにすっかりお気に入りになった丸裸スイカも買いに
    行ってきました。でも、気持を落ち着かせるために「飲食」に走る…。これって正しい「道」なんでしょうか?
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    まずは、ポットとティーカップを温め、
    茶さじ山盛り2杯の紅茶の茶葉(最近はPrince of Walesという茶葉を使ってます)をポットに入れ、少量の熱湯で30秒間蒸らす。
    それからティーカップ2杯分の熱湯を注ぎ、3分間待つ。
    お茶をカップに注ぎ、ミントの若葉を浮かべて、完成です。へへ。
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    これくらいの手間なら、まあ「お茶の子さいさい」。かといって、こんなお話で「お茶を濁す」のは、ちょっと恥ずかしいですが、
    気分もゆったりしてきたところで、今日はシャワーを浴びて休むことにします。
    ではでは。
     
    PS:今日はとうとうエアコンのスイッチを入れてしまいました。本格的な「夏の夜」到来、なのかな。
     
     
     
     
     
     
    20 June

    K先生ご夫妻のこと

    昨夜、院生のCちゃんから電話があって
    「明日の朝、K先生ご夫妻が帰国されますので、ご都合がよろしかったら…」
    「お見送り?もちろん、伺います。でご出発は何時?」
    「7時30分です」
    「了解!…でさ、悪いけど…念のために7時に電話してくれる?」><
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    というわけで、今朝は、いつもよりちょっと早起きをして、朝7時に宿舎を出ました。
    万が一の目覚まし代わりにかけてもらったCちゃんから電話は、ちょうど靴をはいてる時にかかってきました。
    宿舎のある西門から、K先生ご夫妻のいらっしゃる東門まで、てくてくと歩く。朝のお散歩は気持ちがいいなぁ、と思う。
    僕も、少し早寝早起きの生活習慣を身につけるべきか…我が内なる「夜猫子」の悩みは深い。
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    そんなことより、K先生、より正確にはK先生の奥さまのこと。
    実は去年、僕がこの学校の外事処と正式に契約を取り交わし、ビザの発給を受けた時のことでした。
    まだ前任校での業務が残っていたので、、無理やり1週間ほどの休みをもらって、大学内のホテルに泊まり、
    さまざまな手続き、顔合わせなどで校内を飛び回っていた。そんな中、外教のO老師を通じて、Kさんから
    「このたび帰国いたしますので、もし御入用のものがあったら、差し上げます」
    と、あたたかいお心遣いをいただいたのでした。
    ところが、僕の方が、失礼にも昼間はバタバタ、夜は夜で泥のようにグーグーと眠ってしまい、
    とうとうご連絡を差し上げられないまま、武漢をいったんあとにしてしまいました。
     
    その後、8月に入って、僕が武漢に引っ越してきたときには、すでにK先生ご夫妻もO老師も、ご帰国された後でした。
    ところが、O老師が、ご自分のものと一緒に、Kさんから僕への「置き土産」の品を、ちゃんと外事処に預けておいてくださったのでした。
     
    K先生の日本での連絡先も存じ上げず、またいずれこちらに戻ってこられるということで、こちらからお礼の連絡も差し上げないまま、
    時間が流れ、今年春先に、ようやくK先生ご夫妻は武漢に戻って来られました。
    日本語学部で「桂桜会」(L主任命名の中日懇親会)を開いて、K先生もお招きしましょう、とのことだったので、
    あらためてご挨拶もしないまま、最初の日から数えて、とうとう丸1年が過ぎてしまいました><
     
    先日、K先生のご友人であるW氏の講演の際、K先生に初めてお目にかかり、ようやくのことで欠礼のお詫びを申し上げることが
    できたのですが、その時、K先生から、
    「私たちは、今月で帰国しますので」
    「え…」
     
    そして、昨日の夜の電話につながっていくのです><。
    K先生の奥さまへの初めてのごあいさつが、まさかお見送りのときになるなんて、我ながら本当に恥ずかしい限り…。
    それにもかかわらず、奥さまは笑顔で、
    「まあ、私、初めてお会いした気がしませんの。いつも、先生のブログ、拝見させていただいてましたから」
    とやさしくおっしゃってくださったのでした。
     
    感激・感激・感謝…。
     IMG_2188IMG_2187 
    K先生、奥さま、道中どうぞご無事で。一路平安。また来年も、ぜひとも武漢にお戻りください。
    心からお待ち申し上げております。
    19 June

    ちょっとマジ悩みしたりして…

    今日は、健康診断と今学期の最終授業の日でした。
    院生のXさんを通訳代りに伴って、朝一番に健康診断を受けるために学校の診療所へ行ったのですが、
    結局わけがわからず、受付も人でごった返していてるしとても僕の相手などしてられない、という感じだったので、
    火曜日に続いて、今日もとぼとぼ坂道を登って帰ってきました。結局、オーバーホールは日本で、ということになりそうです。
     
    院生の最終授業は、午前の2年、午後の1年ともに、先日書いて提出してもらった作文の講評・添削。
    ここでご紹介できないのが残念ですが、それぞれに個性あふれる文章で楽しかったです^^
    実は、この作文、某作文コンテスト応募用のものなんですが、応募規定上、論文として書かれるべきジャンルの文章が、
    いかにもエッセイ風に書かれていたりして、一瞬「ん?」と思いましたが、すぐにまた、「まあ、これはこれでいいかな」…とも。
    法学系であった自分の卒論を小説風に書きたがった人間なもので、ついついこういうものを許容してしまいそうになります。
     
    午後7、8時限目の授業は3年生の「高級日語2」。
    今日は、時間が余ったので、雑談を交え、養老孟司『バカの壁』の「まえがき」と「第1章」のさわりの部分を読みました。
    その合間に、ひょんなことから学生にこう教えられて、思わずドキリ。
    「D先生が2年生の授業で『僕が一番怖いのはI先生(僕のこと><)です』っておっしゃってたそうですよー」
    「げげ」
    「先生、やさしそうな顔して、心を傷つけるキツいこと言ったんじゃないですかー」
    「…」
    もちろん学生は冗談でこう言ったのだろうけれど(たぶん…><)、僕の心はひどく動揺した。
    僕は確かにかなりKYな発言をすることはあるけれど、悪意をこめて人を傷つけるような言葉を使おうと思ったことはない。
    けれど、無意識のうちに誰かを傷つけるようなことを言っていないと断言できるだけの自信もなかったので…。
    ドキドキ。
    ね、D先生。僕、けっしてヒドイことなんか言ってないですよね><
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    夜、宿舎に戻ってブログを確認していて、やはりある3年生からのコメントにまたドキリ。
    一瞬、うーんと唸ってしまう><。
    ここでも繰り返しになるけど、僕はできるだけ物事を客観的に、多角的に見たいと考えています。
    それが、先入観や偏見や悪意を排除するための、「賢者の石」だと師から教えられたからです。
    大事なのは、自分と異なる意見に対して、自分の耳をふさいだり、相手の口をふさぐことではなく、
    きちんと議論することだと思います。やはりこれも「自戒」の念をこめて、書き添えておきます。
    (この話の内容についてお知りになりたい方は、申し訳ありませんが、某月某日の日記にお寄せいただいた
    某コメントをご覧ください。ご本人には、僕からもそこに返事を書いておきました。ここへの転載は差し控えます。
    というのも、彼女はこのページに直接書き込みをすることができないので、僕が一方的にここに自分の
    意見のみを書いてしまうのは、議論として「不公平」で、彼女に申し訳ないからです。)
    言うまでもないことですが、真面目なお話に真面目にコメントしてくれた彼女には、本当に感謝してます。
    ありがとう。そして、これからもよろしく。

    スイカと満月

    昨日の夕方、外で食事したあとデザートを買った。これ、昨日のブログにも書いたけど。
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    デザートって何?って別に誰かに聞かれたからってわけじゃないけど、美味しいので、ここに載せてしまいます。
    買ってきたのは「小玉スイカ」です。500g(=1斤)8角(≒12円)。1個で2.4元(≒36円)でした。安っ!
    「ちょうだい」と指さすと、露店のおじさんが「剥いていいのか?」と聞く。
    なにごとも、とりあえずはYES!と答えるのが僕の取り柄(いや、もしかして、これって欠点><?)。
    おじさんはナイフを取り出し、スパスパと器用に西瓜の皮を剥いていく。
    あっという間に「因幡の白兎」ならぬ「武漢の赤スイカ」の出来上がり。
    それを白くて薄い買い物用のビニール袋に入れて渡してくれた。
    たぶん学生たちは、これに直接かぶりついて食べ歩きをするのだ。すごいよー、まさしくこれぞ武漢流…。
     
    しかし、スイカは冷やして食べるもの、というのが日本人の「常識」(ビールもそうだけど 笑)。
    冷蔵庫で冷やしておいて、シャワーを浴びた後でシャクシャクと食べてみた。
    さすが旬の味だけあって、甘みも豊富で美味しい。
    うん!満足、マンゾクの夜、でした。
     
    そして…。

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    そして部屋の窓から夜空を見上げると、きれいな満月。
    よしよし。これもまた、満足、マンゾクの夜、なのでした。
     
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    月に叢雲(むらくも)…やがて月明かりは闇に溶け込んでしまった

    18 June

    ススメバチの哀しみ

    実は、ほんの数日前に気がついていたのだけど、僕の宿舎の階段の天井に蜂の巣ができていた。
    直径20cmはあろうかという、それなりの大きさの巣である。観察してみると、どうやらスズメバチの巣らしい。
    スズメバチとはいっても、日本のそれに比べるとやや小ぶりで、体長はほぼ2cm。それでも蜂は蜂である。
    こんなやつに刺されると、さぞや痛かろう、と思いながら、自分が刺されるなんて気はしないものだから、
    ついつい例によって「ま、いいか」ですませていた。
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    ところが、さっき、外に晩ご飯を食べに出かけて戻ってきてみると、害虫駆除業者と思しき男性が階段の手すりに
    足を掛けて登り、殺虫スプレーを噴射してスズメバチの巣を駆除しているところであった。
    蜂が巣を作った場所が、僕のお隣りの玄関下だったため、巣に気づいたお隣さんが依頼したものらしい。
    スズメバチも巣をかけた場所が悪かった。運悪く、人間の巣の近くに家を構えたために、無慈悲にも取り壊しの
    憂き目にあってしまったわけである。
    この次は、もう少し人間から離れた、彼らの平穏が妨げられることのない住みやすいところを探してくれればいいが、
    とわけもなく、家を失った蜂の行く末を心配してしまった僕なのである。
    人間とスズメバチが共存して生きるのは、実に大変なことなのだ。本当にさ。
    閑話休題 Coffeebreak コーヒー
    さて、僕がこの蜂の駆除作業に出会ったとき、そのまま階段を駆け上ることに、ひどくためらいを覚えた。
    というのも、業者がものすごい勢いで殺虫スプレーを噴射していて(見ると、空になった缶と合わせて2本も使ったらしい)、
    白い細かな霧状態となった殺虫剤が宙をゆるやかに飛散していたからである。僕は、この手の中国製殺虫剤の効き目を
    経験的に知っている。もちろん、よく効く。いや、むしろ効き過ぎるぐらいである。僕は、少し離れたところで、殺虫剤の成分が
    空気中にすっかり拡散して、目に見えなくなるまで、用心深く息を殺して待つことにした。
    3分後、僕は手に持った夜のデザートをかばうようにして、階段を早足で駆け上がり、部屋に飛び込んだ。
     
    最初に、ちょっと殺虫剤の匂いを嗅いだせいか、僕の気分はあまりすぐれない。それは文字通りほとんど「気分的」なものだけど、
    殺虫剤の臭いというのは、食欲を減退させるには十分すぎる効果がある。
     
    やれやれ、どうやら僕の「空腹の虫」まで駆除されてしまったようである><
    デザートは、夜、シャワーを浴びたあとで食べることにして、とりあえずは冷蔵庫で冷やしておくことにしよう。

    深夜の三ツ星シェフ

    夜、授業を終えて宿舎に戻り、キッチンのカレー鍋を見ていて思いついた。
    鍋の底にこびりつくように残ったわずかのカレーをそのまま洗い流すのは結構面倒だし、もったいない。
    そこで、深夜のクッキングタイム、夜食を作ってみることにした。
     
    1、余分に買っておいたジャガイモ(大)1個の皮をむき、サイコロ状に切って別鍋で茹でる。
    2、茹であがったら、よく湯を切ってから、カレー鍋に入れて、カレーの残りと合わせるようにしてしっかりつぶす。
    3、バター適量と全卵1個を溶きいれ、よく混ぜる。このとき塩コショウで味を調整する。
    4、フライパンに少量のオリーブオイルを入れ火にかけ、半ペースト状になったジャガイモを流し込む。
    5、表裏に焼き目がついたら、皿に移す。
    6、最後に乾燥バジルの粉末を振って完成、です。
     IMG_2056 (2) ま、見た目はともかく…。
    味のほどは…むふふ、星みっつです~☆☆☆。
    これってカレーコロッケにしてもいいんだけど、それだとパン粉がいるし、油も使うので、僕にはちょっと麻烦。
     
    しかし、人間というのはお腹がいっぱいになると、どうしてこんなにまったり幸せな気分になるんでしょうね?
    やはり「(衣)食足りて礼節を知る」ってやつ、なんでしょうか?
     
    さ、シャワーを浴びて、今日は気分よく眠ることにしよう、っと。
    おやすみなさい。