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11 July 本日旅の途上にて③ 青島3日目 海岸沿いを歩く午後天候の関係で青島での滞在が一日延びた。
霧は薄らいだものの、朝から強い雨。傘もないので、ホテルから出るに出られない。10時近くまで、ネットで聊天。
ついでに日本にいる大学院留学生のR君と明日の打ち合わせ、明日就職活動のため大阪に向かうR君と門司駅で
会うことに決めた。
ようやく雨脚が弱まってきた頃を見計らって、目と鼻の先の海天大酒店へ。ここのロビーなら、無料で日本語の青島情報誌が
読める。応接用ソファーも座り心地がいいし、空調もよく効いているので、ちょっとした時間をつぶすにはうってつけの場所なのである。
しかも昼食をここの系列旅行社日本部のYさん、Wさんなら誘われていたので一石二鳥(笑)。
正午、Yさん、Wさんと近くのレストランへ。この時期の青島は禁漁期間にあたるそうだが、店には新鮮そうな海の魚が並んでいる。
うーむ、この魚、もしかして密●モノ?しかし、青島の海鮮料理は久しぶりで、やっぱりとてもおいしかったです。本当にごちそうさまでした。
食事を終えて外に出ると、とりあえず雨は上がっていた。
312番のバスに乗って、全面改築された青島駅まで。新・青島駅の写真を撮る。ドイツ風の駅舎は、それなりの風格を持っている。よしよし。
それから海岸沿いに出て、桟橋の近くに。このあたりにはまだ異常発生した海草の「絨毯」が残っていて、今日も軍民一体での取り除き作業が
行われていた。本当にご苦労様です。同時に、こうした異常現象の原因をきちんと突き止め、生態系の修復のために努力することも忘れないでほしい
と強く思わずにはいられない。美しい青島のために。
足の向くまま、第一海水浴場へ、海岸沿いの遊歩道、そして八大関へ。
ここは僕にとっては思い出深い場所。かつてこの逆コースを僕は歩いたことがある。
この道を僕が再び一人で歩くことはないだろう、というよりできないだろうとさえ思っていた。
その道を、今日はひとりで僕は歩いた。
緑に囲まれた古いドイツ風の家並が点在する迷路のような八大関をあてどなく僕は歩いた。
しかしどんな迷路にも、やがて終着点がやってくる。人生と何の変わりもない。
僕は深くため息をついて、左手からやってきた316番のバスに飛び乗った。「ホテルに帰ろう」…。
午後4時。ホテルで写真整理をして、ひと休み。5時半過ぎに起きて、再びQ大学留学生楼へ。
おそらく、留学生楼でわいわいと集まって食事をするのは、これで最後になるだろう。そう思うと、少し感傷的になってしまう。
そう、どんな迷路にもやがては終着点がある…。
食事会そのものは、とても楽しかったです。いつかまた、どこかで、同じようにワイワイと食事できる日が来ることを
祈りながら、夜10時、留学生楼を後にしました。
最後に一度だけ振り向いて、かつて僕が住んだ部屋、思い出の部屋の窓を見上げて。
10時半、ホテル帰着。ネットで聊天ののち、このブログを書き記す。あとはシャワーを浴びて、荷造り。
明日は、再び旅の空。
おやすみなさい。
10 July 本日旅の途上にて②青島2日目~聊天、聊天、又聊天昨日は、ブログを書いている途中で、爆睡してしまった><
どこまで書いたんだっけ…。そうそう、霧の影響で、フェリーの出航が危ぶまれ、海天旅行社から10日に出発できるかどうかわからないと告げられたのでした。
夕方、10日の下関便が出るかどうか確定したら、携帯に連絡をもらうことにして、先にホテルにチェックイン。ひと段落して、前任校であるQ大学へ。
5年間苦楽をともにした(?)日本人留学生Sさん(昨日付アルバムをご覧いただければ、どなたかすぐに判明します 笑)に連絡をとり、彼女と一緒に
大学の国際学術交流中心で簡単に昼食。そこへ彼女のお孫さんであるAちゃん、それに僕の後任でありかつ高校の大後輩(笑)でもあるI老師が合流。
しばらくおしゃべりをして、I老師と僕はSさんたちと別れ教学楼へ。去年までそこに僕がいた教学楼、さすがに懐かしい。そこでL老師、J老師、W老師、D老師、
それにH老師(と呼ぶと彼女は嫌がる。実は彼女は、僕の中国での最初の教え子の一人であった^^)と再会。
おっと、いつものチャット友達、C老師も忘れてはいけませんでした>< 資料室では、学生たちも「好久不见了!」と声をかけてくれる。
本当に皆さんから温かい言葉をかけていただいて、ありがたい思いに満たされました。どもども、です。
ところで、資料室ではI老師が学生たちと密議。というのはウソで、夕方から行われる宴会の打ち合わせ。実はSさんの「歓送会」が、6時半から東海大酒店で
行われるのである。僕が、この日に青島に立ち寄るということで、わざわざ日程を調整してくださったとのこと。I老師には、本当に、感謝、です。
一応のごあいさつを終え、いったんホテルに戻ると海天から連絡、やはり10日の船は順延、とのこと。やむなく11日のMU福岡便に変更してもらうことに><
まさに「霧の青島 五里霧中」。
夕方5時、歓送会に出かける前に、ちょっと海岸に出てみた。ホテルからは歩いて5分ほど。先日ニュースに出ていた「オリンピックヨット競技開催地青島海岸に
海草の異常繁殖!」の実態を写真に収めよう、と思ったのですが、軍と市民ボランティアの協力のもと、僕の歩いたあたりの海草はすっかり取り除かれていました。
ただ、それまでになく強い「磯の香り」が濃厚に立ち込めてはいたけれど。
東海路を列をなして走り去っていく軍車両。幌のかかった荷台から兵士たちの明るい合唱が聴こえた。いがみ合う国との生死をかけ戦いのためでなく、
オリンピックの成功のために、市民とともに汗を流し海岸清掃をした後の心地よさ、高揚感といったものが、僕の耳に届いたのだった。
夕方からの歓送会については、贅言を省きます。Sさんと僕の間で余計な修辞は必要ないと思うからです。学生に囲まれて合唱したSさんの表情を写真と僕の胸に
収めることができた、それだけで十分でした。
万感の思いを胸に、ホテルに帰着したのは何時だったのか?それから写真を整理して、ブログを書いている途中に…爆睡だったのでした。
って、やっと、ここで昨日の話が終わり。
今日は、午前中、海天で変更したチケットの代金を払ってから、のんびりバスに乗って、再びQ大学へ。外事処や留学生楼の老師たちから「いつ帰ってきた?
武漢はどうだ?慣れたか?」と声をかけられる。ありがとうございます。僕は元気です。ちょっと夏バテでやせたけど><心配しないでねー。
Sさんのお部屋で(Sさんは授業中だったので)Aちゃんといろいろお話をする。彼女は大変優秀で、現在T大学社会学類1年生。法律専攻なので、いわば僕の専門
分野。へへ、役に立つ話だったかどうかはわからないけど、Aちゃん、がんばって勉強してくださいね。応援してます。
お昼ご飯は、久しぶりに留学生楼の食堂で。一言でいえば、もはや「懐かしい味」。へへへ。
そのあとSさんのお部屋でコーヒーをごちそうになりながら、再び聊天。
その後、T老師の部屋に「はしご」をして、また聊天。
5時半、99級生のGさんが大学正門まで迎えに来てくれる。夕方からは彼女たちと一緒に食事。99級生は、僕の中国での最初の卒業生で、
やはり特別な思い入れがある。今回は3人と一边吃一边聊天。楽しい時間は瞬く間に過ぎていく。
夜10時、名残を惜しみつつホテルに戻ってきました。
聊天、聊天、又聊天、の一日でした。 09 July 本日旅の途上にて 青島編①今朝2時過ぎににようやく荷造りを終えて、眠りに就いたのは何時だったのか。
目覚ましを5時にかけておいたので、ほとんど寝た気がしないほどだった。ノタノタと起き出して着かえをすませ、
ごみ出しをして、ぼーっとしているとWさんが見送りに来てくれた。
8時の飛行機なので、タクシーで行くにしても6時に出発しなけれなならない。5時50分、部屋を出ると、ご近所のYさんも
わざわざ早起きをして見送りに出てきてくれた。本当にありがとうございました。
タクシーの中でうとうとしているうちに、あっという間に空港に。
目を覚ましてびっくり。武漢の天河空港が新装オープンしてました。
さらに驚いたことに、そこで「せんせーい」と声をかけられ、声の方に顔を向けると、Pさんたち2年生3人組。
これから海南に旅行に行くのだとか。ところが、本来は4人での旅行で、Sさんだけは昨日のうちに出発、1人は今日の朝、残る2人が今日の午後の便に
分乗なのだそうだ。この時期、チケットの入手が困難でらしく、こういう変則的な出発になったのだそうだ。うーむ、友達との観光旅行も大変だ。
…と、他人事のように思っていたら、こっちはもっと一大事が待ち構えていた><
青島に到着後、リムジンバスで、終点のH大酒店へ。このホテルの系列旅行会社(日本部)には、以前からとてもお世話になっていて、
今回も行き帰りのフェリーのチケット購入、宿泊先の予約などをお願いしておいたのだ。それにしても青島はものすごい霧に包まれていた。
ホテルの最上階は霧の中で全く見えない。実は、この霧がくせ者で、昨日出港予定だったフェリーも、この霧でまだ出港できずにいたのである。
したがって、僕が乗るはずだった10日のフェリーも欠航><。…どないしょー。
※ここまで書いて、気がついたら爆睡していた。目が覚めると午前3時半。とても、何かを書ける状態ではないくらいに「眠い」。
続きは、また明日、ということで。 07 July 明日は旅の空の下今日、とりあえず期末試験関係の書類を揃えて、教研室に出しておきました。
不備があれば、新学期早々に補正するか、休み前にLy老師のお手を煩わせることになるか、のどちらかにして、
明日の早朝には武漢を出発します。
部屋の整理、荷造りはまだ終わっていません。どうやら、今学期は、少しマイペース過ぎたようです。
まさにキリギリスの嘆息…><
来学期はD老師を見習って、もう少し計画性のあるアリさん的生活を心がけたい、と思います。
ところで、今日は七夕。
前々から約束していたとおり、今学期最後の夜を院生たちと「七夕パーティ」で過ごすことに。
(部屋の整理、荷造りはまだ終わっていないってばさ…><)
Yさんのご要望で、日本から取り寄せたそうめんに、カボチャ、蓮、玉ねぎ、シイタケ、かきあげの天ぷらを添えて。
昨日拾ってきた(?)笹竹に飾りをつけて、畳の間で、それなりの雰囲気を醸し出してみました。へへ。
今日のご来訪は、院生CXY、学部2年生のLWの5名。
よっぽど疲れていたのか、それとも畳の間が気に入ったのか、お腹いっぱいになったLWコンビは、
しばし、スヤスヤとおやすみタイム。
夜9時、後片付けをしてくれた5人を宿舎の下まで見送って、「また来学期元気で会いましょう!」
さて、これから。ブログを書き終えたら、一気に部屋の整理、荷造りを終わらせなければ。
明日から1週間の帰国旅行、しばらくブログの更新が不定期になります。
落ち着いたら、また(たぶん15日以降)再び連日更新体制に復帰いたします。
オリンピック開催地青島や、日本各地の写真もいっぱい撮りだめしておきますから(笑)、またよろしくお願いします。
じゃあ、行ってきます!! みなさんも楽しく有意義な夏を! 06 July 期末試験基準 甘くはない、です!ようやく、すべての採点作業、成績分析を終えた。何とかすべりこみセーフ。明日教研室に届けて、今学期の任務はとりあえず完了。
さて、期末試験に関してひとつだけ、言っておかないといけないことが。
3年生「高級日語2」は、1班はL老師、2班は僕の担当で、進行状況にも差があるため、それぞれ別に試験を行いました。
1班の試験は、分量も多く、難易度も高かったようです。そのため、1班の学生からも、ちょっと「不満」の声が聞こえてくるような…><。
しかし、2班の試験は、1班のみなさんが不平に思うほど「甘い」ものではありません。
以前から「授業はやさしく、試験は厳しい」僕のやり方は、みなさんも先輩から耳にしていることと思います。
試験問題は、ほとんど教科書からの出題です。その意味では簡単そうに見えるでしょう。しかし、審査基準は「ネイティヴ並み」です。
すでに学んだことについては、「標準的な日本人」(と僕が考えるもの)から見て、まったく違和感のない回答以外は、すべて減点対象
となります。一般的なコミュニケーションの場では、意思疎通が第一で、細かな文法のミスや語彙の使い間違いなどは、あまり気に
しない方がいいかもしれません。しかし、この課目は「高級」日本語なのであり、日本語のプロフェッショナルとしての配慮、気配りを
身につけることが目的です。そういう意味で、今回の試験では、授業で学んだ基本的な問題について、分量も絞り込んで、その正確かつ
的確な運用能力を試すことに主眼を置いています。
来学期の「高級日語3」でも、基本的なスタンスも全く変わりません。
欠席の場合、事前の届け出があれば出席扱いになります(したがって受験資格は得られます)が、授業を受けていないことに変わりはありませんから、
当然、平常点には影響します。遅刻ももちろんそうです(遅刻を理由に叱らないのは、みなさんが「お子ちゃま」でないと判断しているからで、別に
遅れてきても構わない、と僕が思ってると考えたら、それは「甘い」です)。
ここに書いたことは、いわば大学生=大人として「当たり前」のことであって、いちいち事前に話して聞かせなければいけないようなことではありません。
ということで、今学期のお勉強のお話は、これでおしまいです(笑)。
また来学期がんばりましょうね。
あ、しかし、です。明後日から教員も夏休みに入るのですが、実は僕はその明後日に武漢を出発することにしています。
それなのに、荷造りも、部屋の掃除も、お土産の買い出しも、何一つできていません。がーーーーーーーーーん><
…残りあと一日。
はたして、間に合うのだろうか>< 05 July 武漢の走り雨夕方近くになって、次第に雲が厚くなりはじめる。風がむんとした重い熱気をはらんで木々の梢を揺さぶる。
雨の匂いが漂う。数羽の鳥の影が低い雲の下を掻い潜るように飛びぬけていく。いつもの夕立の予兆。
雨が降りだす前に、と集貿市場に晩ご飯の買い出し。とはいっても、あまり食欲があるわけでもない。
別に昨日は、さほど酔うほどのビールを飲んだわけではないから二日酔いではない。
それにしても、このしっくりこない体調は何だろう、と思っていた。そして、市場への緩やかな坂道を下りながら、
はた、と気がついた。
これって…夏バテ?もしかして。
いやいや、もしかしなくても100%これは夏バテの症状でした。
こんなときは、とにかくカラダが求めるものを食べる、が原則。
思いつくままに、ジャガイモ、枝豆、トウモロコシ、スイカ、トマトを買って帰る。
台所に残っていた、ニンジン、玉ねぎ、それに冷凍庫の中の豚肉も使って、簡単な肉じゃがでも、と
準備を始めたのだけど、途中で急に心変りして、シチューに変更。
とにかく、食べたいものを食べるのだ><!
枝豆も茹でて、塩を振る。
食事をしてると、急に窓の外で雨の音。
いつものいかにも武漢らしい夕立。
食事を終えるころには、雨はすっかりあがっていた。
低く重い雲が東から西にものすごい勢いで流されていく。
気がつくと、僕の「夏バテ」症状も、すっかり、とまではいかなくとも、どこかへ駈け去っていったらしい。
そういえば、キャンパス内では、今日から夏休みに入った学生たちが、荷物を抱えて帰省しはじめ、あるいは、親しい友人同士で
どこかへお出かけしたり、していました。
僕は、またお仕事に戻ることにします。 みなさん、どうか、よい夏休みを!04 July なんとなく カラダが重い日今日は、もうなんとなく更新記録を伸ばすためだけに書いているようなものなので…。
いつもならこの時間帯、いちばん目が冴えてガンガンがんばれる僕なのですが、今夜はなぜか不調気味><
今朝は、今学期最後の試験監督。10時にいったん帰宅して(※)、11時半に再び教研室へ。そこで、3年生Wちゃんと待ち合わせ。
それに院生のXYコンビを合わせた4人でお昼ご飯。Yさんとのお昼ご飯は久しぶり。彼女は、今日が提出期限のレポートを抱えて、
タイムリミットぎりぎりで提出を終えたのだとか。お昼ごはんを終えると、そうそうに留学生宿舎へ帰っていかれました。
Xさんと僕の二人は、そのあと、工商銀行で●万元を引き出して、中国銀行で両替。あらためて実感する、中国はなかなかに手続の煩瑣な国です。
別にそのせいではないだろうけど、帰りの坂道がずいぶんしんどく感じられました><
※実はこの時、2年生のXさんを見かけて、その表情が硬く暗かったのが大変気にかかってました。
夜、たまたまメッセンジャーで彼女と話ができて、事情を理解。人生悪いことばかりでないから、
元気を出してね、Xさん。チロルチョコも雑誌も日本から持ってきてあげるからさ。
夕方ひと眠りのあと、6時半から、2年生男子L、Z1、Z2君、それにD老師の合わせて4人と酒飲み会。
Z1君以外は、必ずしも大人の飲み方ではなく、ちょっと「教育的指導」が必要であるが、肝心の僕が
体調不全である。…「飲むなら吐くな 吐くなら飲むな」。
……やっぱり今日は、早々とシャワーを浴びて休むことにしよう。
03 July よろしく、重ねてよろしく。心急く夜更け。(改訂増補版)気がつくと、もう7月3日。明日は最後の試験課目「高級日語2」(3年生)が8時から。
一時帰国のための移動日まで、残すところ4日しかない。それまでに明日の試験も含めて、すべての採点・成績分析を行って、
書類を全部教務処に出さなければならないし、荷造り、お土産の選定、部屋の掃除、その他もろもろの雑事が、ぎっしりと詰まっている。
果たして間に合うのだろうか?いくら超マイペースの僕でも、そろそろあせらなくてならないのではあるまいか><
とか何とか云いながら、今日のお昼は、先週の試験課目の採点作業がすべて終了したので、ついいい気になって、お隣の理工大学キャンパス
に潜入して、写真撮影のお散歩を敢行してしまった。新コース開拓です^^。実は先日3年生のLさんから(ってよく考えてみると、中国には頭文字L
という方がきわめて多い。その数は数億人に登るでしょう。うちの学部の教員だけでも、ほぼ3分の1が「李」老師ですから。まして学生ともなると、
「Lさん」だけでは特定のしようもないですね 笑)「理工大学のキャンパスにはひまわりによく似た小さな花がいっぱい咲いています」と教えて
いただいていたので、うずうずしていたのでした。熱い風が吹き抜け蝉時雨が降り注ぐ1時間の散歩コース。撮った写真は、本日付アルバムに
アップロードしておきましたので、お暇のある方は、どうぞお立ち寄りください^^。
ところで、学生の多くは、7月に入って宿舎でネットが使えなくなっているとのこと(听说)。というのも、7月分のネット回線使用料を払っても、 1週間足らずで帰省する予定の学生が多いためで、たった1週間のために、さして安くない使用料を払うのをためらっているのだそうです。
へへへ、皆さん。夏休みもできるだけ、更新を続けていくので、あとでまとめて僕のブログ読んでねー。
あまり役に立つおしゃべりではないけれど、学期中とは違って「日本語の世界」から遠ざかってしまいがちなみなさんとも、
何とかこれで一つの世界につながっていられると思うので。どうぞよろしくね。
が、ここで!僕も武漢⇔日本の移動期間中は、ブログの更新ができないかもしれない><という現実に、はたと気づいてしまいました。
「別にぃー。無理して毎日更新しなくていいじゃん」と言われそうなんですけど、そこは、連続試合出場記録のかかってる野球選手が「たとえ
骨折しててもバットは握り続けたい。グローブは離したくない。試合には出たい!」っていうのとほとんど同じ気分。
「グローブ・ブローグ…うーん」(※)と意味のないことを口走って唸ってはみるものの、国際航路の船の上では、ブローグの更新は不可能…。
だから、おそらく、7月8日~14日の1週間は、不定期更新になると思いますので、あわせて、よろしく、です。
※3年生Yさんの愛すべき「うわっ、さぶっ」というセリフが聞こえてきそう><…そういえば
今学期つまらぬギャグを口走ってしまい、3回ばかり痛烈にとどめを刺されたのでした(凹…)。
本当は、そろそろ今学期の反省、この1年間の回顧を、きちんとしておきたいのですが、さらさらと流れゆく砂時計の音は、僕の心を急きたてて
とてもそんなゆとりを与えてはくれません。すべては、船の上で、じっくりと。ということになりそう、です。
ということで、今日は、これにて。おやすみなさい。
(追加 25:33)
ふと思い出した。今日の散歩の途中での収穫物。空き地の中の雑草に目がとまる。
「あれ、これって…」 赤紫蘇だー。わーい、やったー。これで紫蘇入りパスタや、同ラーメンが作れるっ!
うれしくなって、周りをきょろきょろ。人目にとまらぬように、そくさと根から引っこ抜いて持ち帰り。
我が家のミント君と同居してもらうことになりました。以後よろしく、です。
大玉スイカはタイムマシンに載せて中国の、少なくとも武漢の大学生にとって、夏の果物といえば、まずはスイカである。
市場や商店に行けば、色形大きさもさまざまなスイカが、所狭しと山積みにされ、500g1元以下の値段で売られている。
学生たちはたいてい4人部屋の宿舎で暮らしているので、大きめのスイカ1個買って帰れば、同室の者たちだけで、食べきって、
けっこうお腹いっぱいになる。僕のように独り暮らしで、一緒にスイカを食べてくれる者がいない場合は、小玉スイカ1個、
あるいは大玉半分を買って帰ればよい。それでも、せいぜい3元(≒46円)そこそこ、といったところ。
今日は大玉スイカ半個と葡萄2房を買って帰ったけれど、それでも10元札1枚あればおつりがくるほどの安さで、本当にびっくりする。
夜、シャワーを浴びた後、冷蔵庫で冷やしておいたスイカを取り出す。それを大匙スプーンでくり抜くようにして豪快に食べていくのだ。
これが正統派武漢式スイカの食べ方(ホンマかいな…笑)!学生たちの宿舎には冷蔵庫がないので、こんなによく冷えたスイカを食べることは
できない。すごい贅沢をさせてもらっているようで、実はちょっと気が引けないわけでもない。ごめんね、みんな><
ところで、こんなふうにスイカを食べていると、いつも思い出してしまう光景がある。
僕は3人兄妹のいちばん上で、下に2歳違いと5歳違いの妹がいる。幼かったころ、僕たち兄妹は、よく一緒おやつを食べた。
当時の日本も、まだそれほど豊かな時代ではなかったから、決して有り余るほどのモノに満ち溢れた贅沢なおやつライフが満喫できたわけではなかった。
スイカだって、けっこうなぜいたく品だった。僕たちは均等に分けられた三日月形のスイカを縁側に並んで座って食べ、口に含んだ種は
庭に向かって誰が一番遠くに飛ばせるか、口をすぼめてプップと機関銃のように飛ばして遊んだものだった。それはともかく、スイカそのものの話、である。
僕は年長だから、体も一番大きい。だから当然、一番早くスイカを食べきってしまう。妹たちを見ると、まだ半分残ったスイカをおいしそうに
味わっている。自分の分がなくなってしまうと、隣の妹たちのスイカが、余計においしそうに見えてくるものなのだ。
そんなとき、僕はよく「いつか大きくなって、お金持ちになったら、大きなスイカを買って、ひとりで丸々全部食べてみたい」と、何とも子供っぽい
いじましい夢を見た。たとえばチョコレート、プリン、そんなものを食べてる時も、同じことを考えていた。
よく考えてみれば、年も体格も違うのだから、それに応じた量を与えてくれればよさそうなものだったが(もちろん、そんなことすれば
妹たちが「兄ちゃんばっかり、ずるーい」と非難するのは目に見えていたけれど…)、当時の日本は、「兄妹仲良く均等に」という
絶対的平等主義謳歌の時代だった。
いずれにせよ、今では、スイカやチョコやプリンなど、その気になれば、好きなだけ食べることができる。でも、ひとりで腹いっぱい食べても、
実はもうあの頃のように、おいしい、とは感じられないのだ。人生とは、そういうものである。
できることなら、ドラえもんのタイムマシンに集貿市場で買った大玉スイカ2個を載せて、あの頃の幼い妹たちにも食べさせてやりたい、と
埒もないことを考えてしまう僕なのである。ちなみに今学期D老師が2年生の「日语写作」の試験に出した設題のひとつが、「もしドラえもんの
タイムマシンがあったら、あなたはどの時代に行きますか」というものであったとか。D老師、僕の回答なら何点いただけるでしょうか…?
今日は、バタバタ(いつものことだけど)して、書きたいと思うことは他にあれこれとあったのだけど、
たまには、こんな落ちのない話でも、いいですよね。へへ。
これはただのおまけ写真…。 02 July ミッドナイト・モノローグ DJ(写真添付版)…というお話を書いたのですが、MSNの不具合で、全部消えてしまいました。書き直しです、とほほ><
本日のMidnaight Monologue、真夜中のひとり言。
今日は午前中中国銀行へ。元を円に換金してもらうつもりでした。
あらかじめ学校の外事処に問い合わせたところ、「給与の70%までは問題なく換金できる」と言われ、
中国銀行で、具体的な手続き、必要な証明書類について教えてもらおうと思ったんですが、
銀行にとっては、何やら大変に「麻烦」らしく、別のもっと簡便な(僕にはとうてい「合法的」とは思えない)方法を勧められる始末。
これって、これって…><
しかも、最初に円を元に換金した時の書類がいる、って言われても、僕、最初から元でお給料をもらって、それで生活しているので、
そもそも、そんな書類ってないんですけど…。
じゃ、まあ、預けてある日本円を少し引き出そうとしたら、現金がないので数日待て、と…これって、これって(へへ、ちょっとくどいな)。
わざわざ通訳のためにつき合ってくれたXさん、無駄足を踏ませて、本当に「ごめんなさい」でした。
仕様がないから、やっぱり銀行ご推奨の方法で換金しましょうか、ふぃぃぃ(ためいき)。
中国銀行まで付き合ってくれたXさん。記念に写真を一枚。
「って、先生…。地面写して何やってんですかっ!!」
「へへ」
かなり凹みながらお昼ご飯の材料を買って帰宅。昼は和風ラーメン、のつもりが、味の決め手「塩コショウ」がなくなっていたのでした><
やむなく唐辛子醤油タンメン、という奇怪面妖摩訶不思議な代物を作ってしまった…ま、何か、うまかったけどさ(笑)。
午後は、相変わらずノタノタと試験の採点作業。何とか明日中には、先週のテストの採点作業を全部終わらせたいと思っているけれど、
さて、どうなることか。明日は明日の風まかせ、だったりして。
その間にも、お出かけへのお誘いコール、メッセンジャーの誘惑(笑)、御来客数件、とけっこうバタバタと用事が立て込んでしまう。
どうも僕は時間配分の上手な人間ではないので、皆さんにいろいろとご不便をおかけしてます。あらためて陳謝、陳謝、です。
さて、明日は、午前中、久しぶりに中国語の勉強をして(そんなヒマあったら仕事!と言われそうですけど><)、午後からは、
仕事に専念したいと思います。
ではでは、今日はここまで、ということで。おやすみなさい。
本日のMidnaight Monologue、DJはいつもの「一石亭」でした!
ホントは、ここに写真を数枚アップするつもりだったけど、さっきそれで不具合が生じたので、今日は写真なし、の日記です。
(追加)7月2日21:45 写真添付しました。 01 July 続・器を割った男の話文月(ふづき、ふみづき)。
あっという間に7月になってしまった。
今学期もあと今週一週間を残すのみで、4日(金)の3年生「高级日语2」の試験が終われば
いよいよ「暑假」(Summer Vacation)となる。これで武漢での1年目の任務がすべて終了か、と思うと感無量で…、
などということは、全くない(笑)。全くマイペースの僕である。
さて、この前のブログ日記で「茶器を割る男」の話を書いた。
ある学生から、「意味がわからない」と指摘され、「へへ、そう?」と笑ってごまかしながらも、実は内心、深く考え込んでしまった。
全部書いてしまうと「身も蓋もない」話だし、このお話を読んでくれた学生が自分で考える余地を失くしてしまうのは、かえって
つまらないんじゃないか、と思ったからなんだけど…(悩)。うーむ、「蛇足」を覚悟で、もう少し書き足してしまおうかな。
そもそも「茶器」には値があって無きようなもの。見た目にはどうということのない茶碗であろうと黄金製のピカピカの茶碗であろうと、
その本質は、文字通り茶を立てる器でしかありません。それが二束三文であろうが、一国を買い取れるほどの値段がつこうが、その
本質に変わりはありません。むしろ、二束三文の器に一国を買い取れるほどの値段をつけても構わないわけです。己を空しくして、
和敬静寂の境地に至るには、世俗的な金銭価値など、本来はどうでもいいことです。だからこそ、あえて千利休は「侘び」茶に法外な
価値を与えたのかもしれません。
「茶の湯」の世界では「一期一会」という言葉が用いられます。人生のほんの一刹那の邂逅の中に永遠の美を見出すところにこそ
「茶の湯」の真髄が隠されています。つまり、茶器との出会いも、己の命も「一期一会」なのです。
それでいながら、茶器につけられた「価値」に肝を縮め、そのような茶器を後生大事にすることは、「茶の湯」の本道に背くだけでなく、
日々命を懸けることを求められる武士にとっても、その「道」に背くことになります。
利休が大成した「茶の湯」を広めた信長、秀吉にしてみれば、そうした「茶器」の誘惑によって、
言いかえれば、無価値のものに価値を認めさせ、それを与えられた者たちに、後生大事に汲々と懐に抱きしめさせることで、
あらたな「権威」を生み出すことが可能となったのです。このからくりに気づいたとき、あえて男は「茶器」を後生大事に扱うか、
それともそれをたたき割ってしまうか、それは、その男の決断一つ。
僕は、必ずしも、後者を讃え、前者を「情けなき者」と笑い飛ばす気はありません。
伊達政宗あたりであれば、おそらく独眼の奥に深い光を宿しながら前者としてふるまったでしょうから。
さてさて、その理由はわかっていただけるでしょうか?え、ますます、わからないって?へへへ。
じゃ、これ、夏休みの宿題にしておきましょう。誰か、考えてみてください。 |
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