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    30 August

    王様の耳はロバの耳ぃー><

    昨日のブログ日記の中の「…かもしれない」部分をめぐって、さらに事情変更あり。
    明後日からは授業が始まるというのに、なんだか周りがバタバタしている。
    こうなると、こっちも何もかも能天気に「ま、いいかー。OK」で済ませていてはいけない気分になってくる。
    ときには僕の能天気な好意が誰かの「徒」(あだ)になることだってある、らしい><。
     
    ああ、凹んでしまう…。
     
    ※今日は全くもって意味不明のツブヤキでごめんなさい。あー、どこかに穴を掘って「王様の耳はロバの耳ー!」と叫んで来よう。
    29 August

    新学期早々「ま、いいかー」

    開学日。午後3時から学院会議。久しぶりに同僚に会う。
    やはり教学楼に顔を出し、同僚や学生たちに会わないと、気分がしゃんとしない。
    おーし、気合いを入れていこう、と自分を励ます。
     
    さて、
    今学期は、学部3年「作文」「新聞講読」、同4年「高級日語3」「日本の社会と文化」それに院生1年「日本文化論」、同2年「現代日本社会問題研究」
    もしかすると、これに学部1年「日本語会話」が加わる、かもしれない。うーむ、規定時間の2倍以上である>< …ま、いいか。今学期も授業を
    楽しませてもらおう、と思います^^。
     
    ということで、ちょいとヤル気になって、各授業の「進度表」(シラバス)をプリントアウトしようと思ったら、あれー?プリンターが故障している><
    しばらく会わない間にプリンターに一体に何が起こったのさ!しっかりしろぉー、と叫んでも、エラーランプは空しく点滅するばかり…。
    こりゃ月曜日に学部のプリンターで印刷するしかないな、とほほ><と出だしから、ちょっと凹んでしまう。
     
    それでも、
    それでも…
    ま、いいかー。の僕は「健在」です。
     
    今学期もどうぞよろしく。
    28 August

    武漢の「いい天気」

    武漢に戻ってから、空はずっと薄曇り。夕方や夜半には雨もぱらつく。
    こういう天気なのに、学生たちは「最近、武漢の天気はいいです」と言う。
    日が差さないおかげで気温が上がらず、過ごしやすいからだそうである。
    去年の今頃は、夜になっても外の気温が30度を下回らず、さすが「中国の三大竈」のひとつと唸ったものだけど、
    確かにここ数日はしのぎやすい。
    でも、やっぱり「いい天気」というのは「晴れてる日」のことなんだよなぁ、日本的感覚では。
     
    午後、今にも泣き出しそうな空模様の中、D老師、新3年生のZ君と一緒に、L老師が入院している軍区病院へ。
    大学西門から徒歩で20分ほどの距離にある。
    買ってきてねと帰国前に頼まれていたデジカメ(僕のと同じ機種です、へへ)を、入院中の退屈しのぎに、とお見舞い代りに届ける。
    途中D老師と「国美電器」で2GBのSDメモリを買って、L老師にプレゼント。これで入院中の見舞客のスナップが
    ヨユウで撮れるでしょう。
    これからL老師のお見舞いに行かれる方、ちゃんとモデルになってあげてくださいね^^。
     
    L老師、右足は膝からつま先にかけてしっかりギプス状態です。怪我そのものは本当に大変なことでしたが、
    モノは考えよう、で「しばらくゆっくりしなさい」という神様からの時間のプレゼントだと思えばいい、ですよね。
     
    ところで、僕の部屋の鉢植えのことですが、
    夏休み中僕の部屋を管理していてくれたO君がきちんと世話をしてくれていたので、
    元気にこの夏を乗り切ってくれていました。
    (僕が世話してた時よりものびのび育ってるような気がするのは、少しハラダタシイけれど…笑)。
     
     IMG_4728 (2)IMG_4729 (2)
     
    さてさて、僕もそろそろしゃきっとして新学期を迎えよう。
     
    窓の外は、今も小雨模様の「いい天気」^^。
     
    【いまさらながらの追記だけど】
    日本に帰っている間、どういうわけかMSNにサインインできなくなって、ブログの編集もできない状態でした。
    やむなく新しいアドレスを取得して、そちらでブログを立ち上げました。中国に戻ってきたら、また元通り
    サインインできるようになったので、そっちのページは「日本限定版」になってしまいましたけど。
    お暇な方、よろしかったらご覧ください。
    27 August

    風雲急を告げども…

    風雲急を告ぐ…
     
    中国に戻ってきたら、すぐにO君から連絡が入った
    「L老師がアキレス腱断裂で入院されました」
     
    9月はじめから1ヶ月間北京に出張の予定だったはずなのに、手術してすぐに自由に動けるわけでもないから、
    大変である。しばらくは入院生活が続くのだろう。完治までに半年は見なければいけないというから、なお大変。
     
    今日の午前中手術だったらしいので、明日の午後にでもお見舞いに行ってこよう。
     
    ところで、生活環境が変わると、それに順応するのにかかる時間が、次第に長くなっているような気がする。
    順応力が低下しているのだろうか。旅の疲れは、どうにかとれた感じはするけれども、気力というかテンションというか、
    いまひとつなのである。
     
    明後日は学院会議。来週からは新学期開講である。そろそろ自分に喝を入れなければ、と思う。
    腹に力を込めて…と思ったら、お腹をこわしてしまった><
     
    ああ、先が思いやられる。

     

    26 August

    何から伝えればいいのかわからないまま…

    小田和正の唄じゃないけど、何から伝えればいいのかわからないまま時が流れていきそうな気配。
     
    とりあえず、今回の帰国(日本→中国)の旅について。
    8月20日23:53発急行「きたぐに」で長岡→新大阪
    8月21日朝そのまま新幹線に乗り換え、新山口に午前9時半着。
    駅から徒歩で20分ほどのところにある高齢者住宅に住む母のところへ。
    10時半母とともに、タクシーで父の入院先へ。午後、娘と山口の実家に戻る。
    8月22日、再び母のところへ。一緒に昼食をとり、夕方、また実家に戻る。
    両親とも、自宅での自立生活が難しいため、ここ数年実家には住み手がない。
    こうして、ときおり帰省して部屋の空気を入れ替えるのがせいぜい。
    庭に咲いた一輪の花が、見る人もなく、かえってさびしい。
     IMG_4699
    23日朝6時に家を出て、山口→新山口経由→下関へ。
    本当なら朝もう少しゆっくりできるはずだったのだけど、フェリー会社から電話があり、
    「オリンピック期間中で、手荷物はひとり2つまでに制限されています」と伝えられたため、
    乗船前に荷物の調整が必要になった。
    今回は段ボール箱で10個分の本を運ぶ予定だったのだけど、きっと青島の海関検査が厳しいはずだと思いなおし、
    半分の5箱、それに冬を乗り切るためのコタツの合わせて6個をスーツケースとは別に運ぶことにしていたのでした><
    そのもくろみは、早くも下関で打ち砕かれてしまいました(泣)。
    それでも下関にいる留学生4人が手助けに来てくれて、とりあえずコタツは自宅に送り返すことにして(家具類の入境は一切ダメ、だそうです)、
    段ボール箱のうち食料品の入っているものと漫画・小説類の入っているものの2個を運ぶことにしました。その他の書籍関係は、
    近々一時帰国する留学生に託することにして…。(小頼、梁さん、梁さん、馬さん、お世話になりました。どもありがとー)
     
    今回のフェリーの旅は快適でした、と言いたいところですが…実は外洋に出たとたん海が荒れけっこう船体がローリングして大変でした><
    偶然同じ船に乗り合わせた知り合いのT先生は、すっかり船酔いをされたそうです。
     
    24日午後4時青島に上陸。ここの海関とは昔からあまり相性がよくなくて、いつもここで手間取るんですね。
    今回は、食料品のうち缶詰は全部没収でした。乗船前にフェリー会社の方と話をして「缶詰が海関でひっか方という話は聞いてません」と言われたんですが、
    ひっかかりましたよー。これからフェリーを利用され、青島から入境される方、ご注意ください><
     
    荷物は、火車站から鉄道宅配で送ることにしました。がここでも、液体物はダメ、と言われ、醤油、純米酢、ポン酢、レトルト食品を取り出す。
    スーツケースは、もう重量制限いっぱいだったので、これらは青島に住むSさんにプレゼント。はは、ま、いいかー。
     
    24日は、懐かしい人たちと再会のお食事会。
    25日の夕食も、Q大学留学生楼のSさんのところですき焼きパーティ。ここで、こんな宴会をするのは、これが本当に最後になりそうです。
    Sさんも、9月1日に「完全帰国」されることになっていますので。
     
    同じ時間を共有した人が去り、追憶だけが残る、というのは、やはりひどく物悲しい。この1年間青島を訪れるたびに感じた寂しさでした。
    その思いはまた深まるばかり。
     
    25日夜10時50分発の飛行機で武漢へ。
    日付が改まって26日午前0時40分。空港ではO君がわざわざ出迎えてくれました。
    1時半を少し回ったところでようやく宿舎に帰着。
     
    長い旅もようやく終わり。
     
    駆け足の報告で、伝えたいお話の1割もできてませんが、今日のところは、とりあえずこんなところで。
     
    ではでは。
     
     
     

    ただいま武漢

    話せば本当に長いことになるけれど、とりあえずは「ただいま」です。
    帰ってきました、武漢に。それからこのブログに。
     

    武汉,武汉,我的武汉———我回来了!